おっちゃんの話と、お店が存在する意義のようなものの話

開業当時からほぼ毎日顔を出してくれているおっちゃん。
「えー天気やし、外で飲むわ」というので、写真一枚初めてお願いしました。妻は「ちょっとお話しよや」と最初から横に座ってました笑

いつもグァテマラを嗜むおっちゃん

先日NHKの取材を受けた時も大々的にフィーチャリングされていて、常連さんの間ではちょっとした有名人に。えー笑顔でしたよ。

当時はお客さんの入っていない店内を見るたび、「マスター、この店大丈夫なんかいな」なんて毎日心配されていました。今もそんなに状況は変わってないけど、心優しいお客さん方に支えられながらぼちぼち続けてます。

「コーヒーを通して人生を豊かにしたい」

これも妻の言葉なんですが、僕たちのお店の存在意義のひとつになっています。

もちろん開業当時の僕らがこんな大それた考えだったわけもなく。お店を続けていく中で、お客さんやコーヒーを通して出てきた考えです。

何年かかってでも「ああ、なんかここのコーヒーを飲んだら元気になれるな」と思ってもらえるような存在。

おっちゃんはもともとほとんど外出しない生活だったけれど、「ここに顔出さな、ママ(妻のこと)に怒られるからなー」と茶化しつつも毎日外出されるようになった。

僕らにとってはお店なんとか続けてきて良かったなーというエピソードのひとつになりました。

専門的なコーヒー屋といっても今や数多ある中で、自分たちのお店を選んでもらえるような理由。
その人にとって美味しいこと、新鮮で質の良いコーヒーを提供することは僕らのお店にとって大前提として、そのもう一歩先。

これが7年お店を続けて、ようやく見えてきた、拙い言葉ながらも言語化できるようになってきたという感じです。

ただ、言葉のコミュニケーションはそんなに得意な方ではないので、誰かにコーヒーを焙煎するとき、淹れるとき、そのコーヒーそのものが僕らの伝えたいことを詰め込んだような言葉になれば良いなと思います。こんなこと面と向かってはなかなか言えないですからね。

そんな感じで次の7年間ではもう二歩先。と言いたいところですが、見ての通りそんなに歩みの早いものじゃございませんので、ここはチータの歌の歌詞を借りて「三歩すすんで二歩下がる」でしめさせていただきます。

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